東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)3号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲および本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 そこでまず、本願発明の特許請求の範囲のうち「修正ローラーはといし車の面に対し垂角な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持」されている構成をどのように解すべきかについて検討する。
ここにいう「といし車の面に対し垂角な面」について、被告は、(A)「といし車の軸線に垂直な面」および(B)「といし車の軸線を含む面」の双方を意味すると主張し、原告は(A)の場合のみを指すものと主張する。
といし車の面とは、といし車の周面を意味することが弁論の全趣旨上明らかであるから、「といし車の面に垂角な面」とは、形式的には、(A)(B)いずれをも意味するように解されないわけではない。
しかし、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によると、その発明の詳細な説明の項に、「本発明の第七の目的は修正ローラーをといし車に対しその位置を傾斜又は変化させることにより、前記ローラー面の巾の一部のみがといし車と係合し、これにより、修正ローラーの作業面の少くとも一部が原直径を保持するよう時間を延長し、このためといし車外形の曲線部分における外形の均一性を維持するのに何等の調節をも必要としないようにすることである。」(五頁一行から八行まで)「ローラー30の面とといし車15の面との間の角度関係は、第一図に示すように、ローラー30の下隅がといし車15と係合するように配置される。これは第一二図示のようにローラー30の中心軸を棒25の中心軸に対し直角をなす面より傾斜させることによつてなされる。またこのローラー30の軸を傾斜させないときにはこの関係は前記ローラー30の回転面をといし車15の中心より上の位置まで上昇させることによつてえられる。ローラー30が磨損すると、といし車15及びローラー30間の接触部分はローラー30の全面において徐々に広がる。修正ローラー30の直径が元の直径より変らない限りといし車15の修正される形状はローラー30の摩耗によつて影響されない。しかしその摩耗により修正ローラー30の最大直径が小さくなると修正ローラー30と追従子85は同じ直径でないので、その修正ローラーはといし車の角部に沿う適正な通路に沿つて運動しなくなる。」(六頁三行から二〇行まで)、「修正ローラー30はといし車15の回転方向に対し横方向に回転する。」(八頁一九行から二〇行まで)等の記載があること、および実施例を示す添付図面第一図は本願発明の修正装置を装着した状態を示す研削盤の要部端面図、第一〇図は外形棒によつて案内されるローラー形修正装置を使用するときのといし車角部のまわりに修正装置移動の種々の位置に対する直線横断運動間の比を示すスケツチ図、第一二図は第一図の一部拡大図で修正ローラーとといし車間の角度関係を示すものであることを認めることができる。一方、といし車の軸線を含む面内に支持された修正ローラーが円味のある角部を有するといし車の周縁を修正するためには、その作用面が常にといし車の曲面に接するように回動させる補助機構を必要とすることは、当事者間に争いがないが、前記甲第二号証には、そのような補助機構についてなんの説明も図示もない。
以上認定の諸点を中心に前記甲第二号証を総合検討すると、本願発明における修正ローラーは、直径が一定の円盤状でその一端部がといし車と係合し、これが摩耗すると原直径を有する部分が順次送られてといし車と係合するように構成されたものであり、この修正ローラーは、円味のある角部を有するといし車の周縁を正確に修正するために、第一〇図に示されているように、といし車の角部の円味の円弧の中心を中心点とする九〇度にわたつての円弧運動と、といし車を横切る直線運動との結合からなる運動、すなわちU字形の運動をするものであること、といし車と修正ローラーとをこのような係合関係におくためには、修正ローラーの軸をといし車の軸線に垂直な面内において傾斜させる必要があり、修正ローラーがといし車の軸線を含む面内に支持される場合、すなわち補助機構によりその回転軸を一八〇度方向転換させる必要があるような場合は、本願発明の企図するところではないことを認めることができる。そして、以上のような構成を採つたことにより、本願発明は円味のある角部を有するといし車の修正装置として原告主張のような効果を奏するものであることを認めることができる。
してみれば、本願発明において、「といし車の面に対し垂直な面」というのは、前記(A)の場合、すなわち「といし車の軸線に垂直な面」のみを意味すると解すべきであり、したがつて、「修正ローラーはといし車の面に対し垂角な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持」された構成は、原告主張のように、
(1) 修正ローラーの周面がといし車に対し傾斜するように支持されていること
(2) その傾斜はといし車の軸線に対し垂角な面内にあることの二要件を意味するものというべきである。
ところで、第一引用例記載のものは修正ローラー(加工用砥石)の軸線がといし車(被加工体)の軸線を含む面内において傾斜しているものであることは、当事者間に争いがない。したがつて、本願発明の被加工体が砥石車に限定されている点だけが第一引用例と相違し、その余の点において一致しているとした本件審決は、以上認定の点において、本願発明の要旨を誤認し、その結果、第一引用例との一致点の認定判断を誤つたといわざるをえない。
この点について、被告はさらに、本願発明の要旨が前記(A)の場合に限られるとしても、(B)の場合にあたる第一引用例との差異は、被加工物のどの部分を加工するかによつて当然に生じたものにすぎず、(B)の場合にあたる第一引用例記載の技術が公知である以上、これに基づいて(A)の場合を推考実施することは容易であると主張する。しかしながら、(A)の構成の場合、本願発明は修正ローラーが摩耗すると原直径を有する部分が順次送られてといし車と係合するようにされた構成と相まつて、とくに前記認定のような効果を奏し、円味のある角部を有するといし車の修正に有効なものであるのに対し、(B)の構成の場合は、修正ローラーの回転軸を一八〇度方向転換させるような補助機構を必要とするところ、この場合に修正ローラーが摩耗するにしたがい原直径を有する部分が順次送られて、(A)の場合にあたる本願発明と同様の効果を奏する構成をとりうるか否かは、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)の記載から、必ずしも明かではないというべきであるから、第一引用例から直ちに本願発明を容易に推考しうるとすることは相当でない。
したがつて、第二引用例に、砥石面に対してダイヤモンドドレツサーを適宜に傾けて接触させる技術が記載されていることは、原告の認めて争わないところであるが、本願発明をもつて、第一および第二引用例から容易に推考しうるとした本件審決は、結局、認定判断を誤つたものというべきである。
三 よつて、本件審決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三六年六月二日特許庁に対し、一九六〇年(昭和三五年)六月三日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「といし車の修正装置」とする発明について特許出願をした。この特許出願に対し、昭和四〇年六月一八日拒絶査定があつたので、原告は同年一〇月二五日審判を請求し、同年審判第六八一九号事件として審理されたが、昭和四四年八月三〇日「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は同年九月一七日原告に送達された(出訴期間として三か月附加)。
二 本願発明の特許請求の範囲
といし車に近づきまたはこれから離れるよう動き得る動力駆動の修正ローラーと、前記修正ローラーを支持しかつ前記修正ローラーを前記といし車の周縁を横切つて動かすように動き得る架台と、前記といし車の角部のまわりに前記修正ローラーを案内する装置とよりなり、この装置はといし車の形状に対応する前記架台上の外形棒と、前記修正ローラーと共に運動しかつ前記修正ローラーの直径と同一の直径を有する追縦子とを有し、前記修正ローラーはといし車の面に対し垂角な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持したことを特徴とする円味のある角部を有するといし車の修正装置。(別紙第一図面(〔編註〕省略)参照)
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載されたとおりのといし車の修正装置にあるものと認められる。ところで、特公昭三一―一〇一四六号公報(以下「第一引用例」という。)には、ベツド1の上にテーブル2を左右に摺動可能に設け、テーブル2上に揺動台4を軸6で回転可能に支持し、揺動台4上に砥石8を駆動する砥石車駆動用電動機7と砥石車と同形同大でこれと平行の倣ローラー9を設け、ベツド1の前面に主軸台15を揺動中心軸16で揺動自在に支持し、これによつて母型21と被加工物22を保持し、これらに倣ローラー9と砥石車8を傾斜して接触させた工作機械の倣装置が記載されており(別紙第二図面(〔編註〕省略)参照)、また、精機学会編「精密工作便覧」第二巻(コロナ社、昭和三一年二月二九日発行)の一四二頁(以下「第二引用例」という。)には、砥石面に対しダイヤモンド・ドレツサーを適宜に傾けて接触させることが記載されている。
そこで、本願発明と第一引用例記載のものとを比べると、本願発明のといし車と第一引用例の被加工物22はいずれも被加工体として対応するものであり、本願発明の修正ローラーと第一引用例の砥石車8は加工用砥石車として共通するところがある。また、本願発明の外形棒と追従子は第一引用例の母型21と倣ローラー9に相当する。したがつて、両者は、「被加工体に近づきまたはこれから離れるように動き得る動力駆動の加工用砥石車と、加工用砥石車を支持し被加工体の周縁を横切つて動かすように動き得る架台と被加工体の所定形状のまわりに加工用砥石を案内する装置よりなり、この装置は被加工体の形状に対応する外形棒と、加工用砥石と共に運動し、かつこれと同一の追従子とを有し、加工用砥石は被加工体の面に対し垂直な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持したこと」において一致しており、本願発明の被加工体が砥石車に限定されている点だけが第一引用例と相違している。しかし、砥石車を被加工体としてその形状を修正することが第二引用例に記載されているから、本願発明は、第一引用例および第二引用例の記載から当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許を受けることのできないものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決理由のうち、本願発明の特許請求の範囲の記載および第一引用例、第二引用例にそれぞれ審決認定のような技術事項の記載があることは争わないが、本件審決は次の二点において認定判断を誤つた違法がある。
(一) 本件審決は、本願発明の特許請求の範囲の記載のうち、「修正ローラーはといし車の面に対し垂角な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持し」という構成の解釈を誤り、そのため本願発明の要旨を誤認した結果、本願発明と第一引用例との比較判断を誤り、本願発明の特許性の判断を誤つた違法がある。
すなわち、前記記載は本願発明の重要な構成要件の一つであるが、それは、
(1) 修正ローラーの周面がといし車に対し傾斜するように支持されていること
(2) その傾斜はといし車の全周面に垂直な面すなわちといし車の軸線に対し垂直な面内にあることの二要件を意味するものである。このことは、本願発明の明細書のうち発明の詳細な説明の項の具体的技術内容の説明と添付図面の第一図および第一二図を対照して検討すれば、修正ローラーの軸線がといし車の軸線に垂直な面内で傾斜し、といし車と修正ローラーとが接する部分において、といし車の回転方向と修正ローラーの回転方向とが交叉するようにした構成のものが示されていることに徴し明らかである。このような構成のため、修正ローラーの外周面のうちその軸線に垂直な特定の面内にある部分が回転によつてつぎつぎにといし車に当りその修正作業をするとともに、修正ローラーのその部分が全体として摩耗すれば、これに隣接する部分がつぎつぎと新しくといし車に当ることになつて、修正ローラーのといし車に当る部分の直径は常に等しいことになり、そのため、修正ローラーは摩耗しても、といし車に作用する部分は、追従子が外形棒を伝わつて移動する運動と正確に対応する運動をすることになり、しかも、同一の修正ローラーを極めて長期間にわたり使用しつづけることができる、という効果を奏するものである。
これに対し、第一引用例記載のものは、修正ローラー(加工用砥石)の軸線がといし車(被加工体)の軸線を含む面内において傾斜しており、両者の接する部分における回転方向は、相互に逆方向となつている。すなわち、第一引用例記載のものは、前記(2)の要件を備えておらず、加工用砥石(修正ローラー)の摩耗にともなつてつぎつぎに別の部分を被加工物(といし車)に接するような構成のものではない。
したがつて、本件審決が、本願発明と第一引用例とを比較して、「加工用砥石(修正ローラー)は被加工体(といし車)の面に対し垂直な面内においてその周面がといし車に対し傾斜するように支持したこと」において一致していると認定したことは、誤りといわねばならない。
本件審決がこのように認定したのは、「といし車の面に対し垂角な面」のなかには、「といし車の軸線を含む面」も含まれると解したからにほかならない。しかし、本願発明がとくに限定された「円味のある角部を有するといし車」の修正装置にかかるものである以上、円味のある角部をも正確に修正しようとする目的に照らし、そのように解することは極めて不自然である。そのような構成のものは、円味のある角部を有しない単なる円盤形のといし車の修正についても奏効するものであるが、それでは、本願発明がとくに「円味のある角部を有するといし車」の修正装置に限定した合理的理由がなくなるからであり、また、もしそのような構成のものが本願発明に含まれるとすると、円味のある角部を正確に修正するための補助機構が必要とされるはずであるが、本願明細書にはそのようなものについてなんの説明もないからである。したがつて、「といし車の面に対し垂直な面」には「といし車の軸線を含む面」は含まれず、第一引用例記載のものは前記(2)の要件を備えていない点において本願発明と相違するといわなければならない。本件審決は、この意味において本願発明の要旨を誤認し、その結果、本願発明と第一引用例との一致点および相違点の認定を誤り、ひいて本願発明の特許性の判断を誤つたものである。
(二) 本願発明と第一引用例記載のものとは、技術的解決原理を異にし、したがつて、第一引用例に第二引用例を合わせて検討しても、これから本願発明を推考することは容易にできないといわざるをえない。
すなわち、本願発明と第一引用例とは、共にならい装置を用いて被加工物に正確な形状を形成する点で一致するが、本願発明はといし車をダイヤモンドドレツサーである修正ローラーで修正するための技術であり、第一引用例は被加工体をといし車で円筒研削するための技術であつて、相互に課題を異にするものである。そのため、具体的技術としては、本願発明は、修正ローラーが摩耗しても常にその同一直径部分が修正作業を行ない、簡単な構成によつて円味のある角部を有するといし車を正確に修正できるようにするために、修正ローラーの周面がといし車の周面に対し垂直な面内において傾斜し、といし車の回転方向と修正ローラーの回転方向が交叉するような構成を採つているのに対し、第一引用例は、被加工体のテーパー状の円筒部分を研削するためといし車が被加工体の軸線を含み放射方向に向う面内において傾斜し、といし車の回転方向と被加工体の回転方向とが正反対の方向であるような配置に構成されている。したがつて、第二引用例に示されたといし車の修正のためのダイヤモンドドレツサーの用法に関する技術を付加してみても、第一引用例記載の技術を転用して本願発明を着想することは、不可能であつて、とうてい容易に推考しうるということはできない。本件審決は、この点の判断をも誤つたものである。